春は、狂犬病予防ワクチンの季節

| 白石かえ

飼い主にとって春の風物詩といえば、狂犬病予防ワクチン接種。近所の動物病院でもできますし、自治体によっては市区町村が集合予防注射会場を設けています。日本は狂犬病のない国だから大丈夫……なんて思ったらダメ。狂犬病は、中国やインド・東南アジア諸国を中心に世界中で発生していて、日本海を渡った韓国やロシアでも毎年死者がでている、意外や身近な病気なのです。

狂犬病を理解する。それがまず大事な「知るワクチン」

うららかな春の日。うちの近所の公園が集合予防注射会場になっているというので、まずメルだけを連れて行ってみた。自分の犬をちゃんとコントロールできる人が、コントロールできる頭数を連れていくのがお約束

数年前のこと、自分も改めて狂犬病ワクチンについて調べてみたいと思い、国立感染症研究所を取材させてもらったことがある。いまではインターネットでたいていのことは調べられるけれど、実際研究者の方の話を聞くというのは、非常に臨場感があり、興味深かった(その分リアルすぎて怖かった。でもそれが現実だ)。

では狂犬病について復習してみよう。「狂犬」という名前から誤解されることもあるが、これは犬だけが感染源の病気ではない。狂犬病になるのは、ヒトを含むすべてのほ乳類だ。ペットの猫やハムスターも、都会のドブネズミも、野生のタヌキやリスも、ほ乳類ならみんな感染する。

狂犬病という名前になったのは、犬から咬まれて感染することが多いからだ。唾液に含まれるウィルスが体内に侵入することで感染するのだが、咬まれなくても目や口の粘膜に唾液が散ったり、傷口を舐められたりしてもうつることがある。ちなみにヒトからヒトへ感染することは基本ない。犬食文化のあるアジアでは、と殺場で咬まれたり、ウィルス入りの唾液が目などの粘膜やキズに入って感染することも少なくないそうだ。

外国では「恐水病」「恐水症」と言われることも。発症すると「水が恐ろしい」という症状が起きるからだそう。実際、2006年に、日本で36年ぶりに発生した京都市での狂犬病輸入症例(日本にいる動物からうつったのではなく、フィリピンで感染し、日本で発症した例)では「トイレの後に水が恐くて手が洗えない」という恐水症状を起こしたという。合わせて恐風症状というのもあり、「空調の風が当たったり、人がそばを通る空気の流れを感じるだけでも恐い」という症状があったそうだ(※1)。このように発症してしまうと、現代の医学を持ってしても、ヒトも動物もほぼ100%死ぬ。

犬用の狂犬病ワクチンをつくったのは日本人

問診票を問診担当の獣医さんに見せて、本日の体調や今までの既往症などについて報告。問題がなければ、3,650円(注射代3,100円、注射済票交付手数料550円。渋谷区の場合。自治体により微妙な差があり)を払って、いよいよ注射の先生のところへ

海外ではほとんどの国で発生しており、年間に約55,000人の人が死亡している。このうち30,000人以上はアジア地域での死亡者(世界保健機構(WHO)の推計より)。日本海をちょっと渡れば、そこはもう狂犬病が普通にある国。平和ボケならぬ「狂犬病ボケ」をしている場合ではない。本気で警戒しないといけない人畜共通感染症なのだ。

幸い、予防手段はある。医学って素晴らしい。まずは狂犬病ウィルスに感染する前(咬まれる前)にできること、それが狂犬病予防ワクチン接種である。ヒト用はフランスの有名な微生物学者パスツールが1885年に開発。そして犬用は1916年に北里研究所の梅野信吉が実用化した(※2)。犬側から人畜共通感染症を封じ込めようという発想、なんて素晴らしいんだ!(犬の命も守られるんだしね)。

その犬用ワクチンを用いる「狂犬病予防法」が1950年に制定されるまでは、日本でも狂犬病による死者が多数でていたけれど、このワクチンと犬の登録制、野犬狩り(この時代は仕方がなかったと思います)などを実施した結果、わずか7年で日本から狂犬病が撲滅された。ワクチンの成果と日本人の勤勉さゆえではないかと思う。それと島国という閉鎖された立地条件も大きい。

狂犬病のない国の方がめずらしい

注射はほんの一瞬。さすが先生、警戒心の強い犬には注射器を見せないように手のひらに隠すようにして、サッと終わらせる。写真を撮るヒマもないほどの瞬間技

狂犬病の発生していない国のことを、狂犬病の「清浄国」と言う。農林水産大臣が指定している狂犬病の清浄国・地域は、現在、アイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアムの6つの国と地域のみだ。みな、島ばかり。2012年まではアイルランド、スウェーデン、英国、ノルウェーも清浄国だったのだが……EU加盟諸国間でヒトもペットも自由に旅行できるようになったことが裏目にでてしまったのだろうか。

最近で、清浄国指定から削除されたのが台湾。島国だからといって安心できないということがわかる。52年間も清浄国だった台湾は「2013年7月16日、台湾行政院農業委員会が、野生のイタチアナグマに由来する検体を検査した結果、狂犬病であることを確定診断した」と公表(※3)。それを受けて日本は台湾を狂犬病の非清浄地域とした。私は、台湾はとても真面目で正直だなぁと感じた。なにしろペットではなく、野生動物のイタチアナグマ143例、ジャコウネズミ1例(犬も1例。野犬だったのかな?)の検体を調べたというのがすごい。もしや日本でも野生動物を調査したら、衝撃的な結果がでたりして!? そんなことが起きませんように。

日本の水際対策はとても秀逸だけど

地区の獣医師会から依頼を受けて集団接種会場にいたのは、たまたまうちのホームドクターだった。箱崎先生は大学のサークルでボクサーを飼養していた経験があるため、懐かしがってメルのことをよく可愛がってくれる

ともあれ日本国内では、ヒトは1956年以来、動物では1957年の猫以来、60年間、国内感染での発症はない。それは世界に誇れることだ。でも、1970年にネパールからの帰国者で1例、2006年にフィリピンからの帰国者で2例(前述の京都市と横浜市)、海外で犬に咬まれたことにより発生した例があり、2006年のニュースを見たときはけっこうびびった。いまの世の中、これだけ観光客含む人も貨物も、空と海を渡る時代。また輸入される動物で、農林水産省の動物検疫所で最長180日間に及ぶ係留期間があるのは、犬・猫・キツネ・アライグマ・スカンクだけだし。とはいえハムスター、モルモット、チンチラ、フェレットなどを日本に入国させるのは基本的に困難だし、牛・豚・馬といった家畜はペットとは別の仕組みを設けている。日本の水際対策はとても優秀だ。

でもエキゾチック・アニマルなどのほ乳類が密輸されて、検疫をくぐり抜けてきたら? ロシアの船は、犬を「航海の守り神」として一緒に乗船させていることが多いそうだが、北海道などに寄港した際に犬も上陸していたら?(実際に日本に上陸してノーリードでふらふらしている犬の動画を見たことがある)。船の貨物に紛れ込んできた猫と格闘した検疫の人の話も聞いた。本当にいつ狂犬病ウィルスが日本に上陸してもおかしくない。今までがラッキーだっただけかもしれないのだ。

もし咬まれてもすぐワクチンを打てば発症しない

集団接種会場には今までお会いしたことのない犬たちもいっぱい。うちのご近所にこんな犬もいたのね〜と、けっこう楽しかった

ちなみに、もしも感染した動物に咬まれてしまった場合でも、すぐにワクチン接種を行うことにより、狂犬病の発症を抑えることができる。死なないですむ。だから日本では、犬に咬まれた場合(あるいは愛犬が誰かを咬んだ場合)、早急に(東京都の場合は24時間以内)、保健所等に事故発生届け出を行う必要があるわけだ。かつ、48時間以内に狂犬病の疑いがないか、愛犬を獣医師に検診してもらう。

万が一にも愛犬が知らない間に狂犬病ウィルスを持っていたとしても、咬まれた人に一刻も早くワクチン接種をしてもらえば発症を防げる。正直に申告することは勇気がいるけれど、飼い主はちゃんと責任を果たさないといけない。と、改めて自分も肝に銘じた。ならびに他人に(自分の家族にも)リスクを与えないためには、狂犬病予防ワクチンを打っておくことがやっぱり大事なのである。

心配なときは獣医師に相談。猶予証明書がでるかも

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白石かえ

犬学研究家・雑文家。家族は、ジャーマン・ショートヘアード・ポインターのクーパー、ボクサーのメル、黒猫のまめちゃん、夫1、娘1。前職は、自然環境保護NGO・WWFジャパンの広報室。ツキノワグマなど野生動物も好き。犬猫と暮らして30数年。家族(群れ)の悦び、信頼の笑顔、死別・闘病のいたみなど、生き物として大事なことはほとんど犬猫から教わった。彼らの存在は可愛いだけでなく、尊い。犬が犬らしく生き生きと暮らせるような、犬目線の原稿を書くのがライフワーク。

白石かえ

犬学研究家・雑文家。家族は、ジャーマン・ショートヘアード・ポインターのクーパー、ボクサーのメル、黒猫のまめちゃん、夫1、娘1。前職は、自然環境保護NGO・WWFジャパンの広報室。ツキノワグマなど野生動物も好き。犬猫と暮らして30数年。家族(群れ)の悦び、信頼の笑顔、死別・闘病のいたみなど、生き物として大事なことはほとんど犬猫から教わった。彼らの存在は可愛いだけでなく、尊い。犬が犬らしく生き生きと暮らせるような、犬目線の原稿を書くのがライフワーク。

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